宇都宮教会のトピックス一覧

2019.9.22「旧約聖書 サムエル記上 5章」より

旧約聖書 サムエル記上 5章1節~12節   (1-2)ペリシテ人は奪い取った神の箱を、エベン・エゼルの戦場からアシュドデの町へ移し、偶像ダゴンの宮に運び込みました。(3)ところが、翌朝、人々が見物に来ると、どうでしょう … 続きを読む →


2019.9.15「真のお父様のみ言葉」

真のお父様のみ言葉   私は統一教会を指導していますが、何がその目的でしょうか、運命でしょうか。私は神の願いの方向にあなた方を導いています。どんなに難しくても、そこに行くのです。ただ重要なことは、いかに短時間で行くか、で … 続きを読む →


2019.9.8「旧約聖書 サムエル記 第2章」より

旧約聖書 サムエル記 第2章   (27)ある日、一人の預言者が来て、エリに神様のお告げを伝えました。「イスラエル国民がエジプトで奴隷だった時、わたしははっきり力を示したではないか。(28)そして、並み居る兄弟同胞の中か … 続きを読む →


2019.9.1「旧約聖書 士師記 第19章」より

旧約聖書 士師記 第19章   (18)「ユダのベツレヘムから戻る途中でございます。シロからそう遠くないエフライムの山奥に住んでおります。今夜は、どこの家にも泊めていただけませんでね。(19)もっとも、ろばの餌も私どもの … 続きを読む →


2019.8.25「天聖經 第7編 地上生活と霊界」より

霊界に行く時の最高の贈り物   (20)皆さんは、天国にいくときに贈り物としてもっていく物がありますか。霊界に行けば、殉教した功臣たちが前にずらりと並んでいるのですが、彼らの前に皆さんが持って行ったふろしきを開いて見せる … 続きを読む →


2019.8.11「旧約聖書 士師記 第16章」より

旧約聖書 士師記 第16章   (15)デリラは泣きだしそうな声で言いました。「よくも、愛してるなんておっしゃれるわね。ちっとも私を信用してくださらないくせに。もう三度もだまされたわ。それでもまだ、力の秘密を教えてはくだ … 続きを読む →


2019.8.4「旧約聖書 士師記 第11章」より

旧約聖書 士師記 第11章   (30)エフタは主に誓願を立てて言った、「もしあなたがアンモンの人々をわたしの手にわたされるならば、(31)わたしがアンモンの人々に勝って帰るときに、わたしの家の戸口から出てきて、わたしを … 続きを読む →


2019.7.28「訓経教 下巻 『故郷』」より

訓経教 下巻 「故郷」より 私が霊界に行くようになるならば、この心と体の拍子がなんといいましょうか、テレパシー、それが合わなければなりません。電波でいうならば、チャンネルが合わなければなりません。ラジオのチャンネルが合う … 続きを読む →


2019.7.14「旧約聖書 士師記 第6章」より

旧約聖書 士師記 第6章 (1)やがてイスラエル国民は、またもや、ほかの神々を拝み始めました。それで神様は、敵を起こして懲らしめようとなさったのです。この時は、ミデヤン人に七年間くるしめられることになりました。(2)ミデ … 続きを読む →


2019.6.30「平和経 平和の根源は神様」より

皆様。世界を一度注意深く見てみてください。小さくは夫婦間の葛藤から、大きくは国家間の衝突と戦争に至るまで、推測できないほど多くの問題点を抱えています。そこには、原因と理由も限りなく多く存在します。しかし、その根本を掘り下 … 続きを読む →


2019.6.9「天一国経典 平和経」より

皆様。アダムとエバがモデル的な平和理想家庭を築くためには、絶対必要条件があります。絶対者であられる神様が、絶対的基準の上で絶対的価値を賦与するために、…   第一は、結婚式のときまで守るべき絶対「性」、すなわち絶対純潔の … 続きを読む →


2019.5.12「原理講論 前編第2章『堕落論』」より

神が、アダムとエバに「食うべからず」という信仰のための戒めを下さった目的は、どこにあったのだろうか。 それは、愛の力が原理の力よりも強いため、まだ未完成期において神の直接的な愛の主管を受けることができずにいたアダムとエバ … 続きを読む →


2019.4.21「『平和を愛する世界人として』より」

「平和を愛する世界人として」より   十五歳になった年の復活祭(イースター)を迎える週でした。その日も、いつもと同じように近くの猫頭山に登って、夜を徹して祈りながら、神様に涙ですがりつきました。なにゆえこのように悲しみと … 続きを読む →


2019.4.7「原理講論『堕落論』より」

「原理講論 堕落論」より   多くのキリスト教信徒たちは今日に至るまで、アダムとエバが取って食べて堕落したという善悪を知る木の果が、文字どおり何かの木の果実であると信じてきた。しかし、そうであるなら、人間の父母としていま … 続きを読む →


2019.3.31「原理講論『創造原理』」より

霊人体は人間の肉身の主体として創造されたもので、霊感だけで感得され、神と直接通ずることができ、天使や無形世界を主管できる無形実体としての実存体である。霊人体はその肉身と同一の様相であり、肉人を脱いだのちには無形世界(霊界 … 続きを読む →


2019.3.24「真の父母経」より

お父様が苦労してみると、結論は簡単でした。すべて私の中にあったというのです。神様のみ前で恥ずかしさを感じました。これを知って、脱力感を覚えたのです。   その位置を探し出すためにどれほど苦労したかを知れば、そこで涙で向き … 続きを読む →


2019.3.17「原理講論『創造原理』」より

では、創造本然の価値の基準はどこにあるのだろうか。創造本然の価値は、ある対象と人間主体とが、神を中心として、創造本然の四位基台を完成するときに決定されるが、この四位基台の中心が絶対者であられる神であるから、この価値の基準 … 続きを読む →


2019.3.10「原理講論『創造原理』」より

原理講論「創造原理」より   被造物の創造が終わるごとに、神はそれを見て良しとされた、と記録されている創世記のみ言を見れば(創一・4~31)、神は自ら創造された被造物が、善の対象なることを願われたことが分かる。   この … 続きを読む →


2019.3.3「原理講論『創造原理』」より

原理講論「創造原理」より   体は心の対象として、心と相対基準をつくって授受作用をするようになれば、体は心を中心として円形運動をすることによって合性一体化する。   そうして、心が神の対象となり、神を中心として回転して、 … 続きを読む →


2019.2.17「真の父母様の祈祷」より

天聖經 p1465   私が残していくこの群れは、熾烈な戦闘の歴史を残すための闘いを誓いました。一つの命をもって身もだえし、涙を連結させて痛哭しながらでも、自分自ら恨の峠を開拓しようとあらゆる精誠を尽くす群れとなるように … 続きを読む →


2019.2.3「旧約聖書 士師記2章10節~17節」

旧約聖書 士師記2章10節~17節   (10)ところが、ヨシュアと同世代の人々がみな世を去ると、あとの世代は神様を礼拝せず、神様がイスラエルのためになさった力強い奇蹟さえ、意に介さなくなったのです。   (11)彼らは … 続きを読む →


2019.1.20「旧約聖書 士師記第2章1節~6節」

旧約聖書 士師記第2章1節~6節   (1)ある日、神様の願いがギルガルから上ってきて、ボキムに到着し、イスラエル国民にこう告げました。「わたしはおまえたちを、先祖との約束に従って、エジプトからこの地へ連れて来た。また、 … 続きを読む →