2019.11.17「ベルベディアのみ言(1979.4.15)」より

1979年4月15日 ベルベディアのみ言葉
 
神様はお祈りをされると思いますか。考えてみましょう。父親、母親についてみてみれば、親は「私の息子・娘が良くなってほしい。ああしてほしい、こうしてほしい」と呟き、ひとり言をを言いますね。神も同じです。神はあなたのために、私のために、統一教会のために呟き、ひとり言を言います。「統一教会は、今日どうだったか。私の息子娘よ、強く進んでほしい。私はいつもあなた方の後ろにいる」と。危急の時は、神も落ち着いていられません。それが神様の祈りです。あなた方も、時には座って祈る必要がないでしょう。自分自身に、「私はこうしなければならない。あれもしなければならない。神は、先生は、今が非常時だと宣言された。だから、もっと働かなければならない」と呟いて、神様に話しかけなければならないでしょう。歩きながらも地下鉄に乗っている時でも、どこでも呟くのです。それがあなた方の祈りなのです。
 
実際、私たちは先に祈って、後で行動しますが、本当は祈りと行動とは一緒なのです。祈りながら行動するのです。祈りながら座って待つ、というのは良くないことです。あなた方が最後の血の一滴、最後の涙の一滴までも流しきった後で、神に求めるなら、神はダッシュしてあなた方の所に来るでしょう。そういう祈りは聞かれるのです。あなた方が全力を尽くしきった後の祈りが、もし聞き入られないようなら、どうして私たちはサタンを屈服させることができるでしょうか。六千年間、神に心痛を与えて悩ましてきたサタンを屈服できないとすれば、それはしまいです。だから、何か道があるのです。


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