2013.1.6 訓読のみことば

文鮮明師 真なる人は、好きな者だけを好むのではなく、自分を殺そうとする怨讐までも好きにならなければなりません。また、彼の前には、すべてを任せることができ、すべてを相談したくもあり、すべてを願うこともできる立場にある人であってこそ、真なる人です。
 皆さんは今まで育ってきた過程で、憎い人がいたはずです。では、憎い人がいる人は、真なる人ですか、偽りの人ですが。偽りの人です。間違いなく偽りの人です。この世界には偽りの人が多いのです。
 真なる人になろうとする人なら、両面を備えているべきです。統一教会の群れの中でも、「私」を好む人はとても好きで、「私」を憎む人は積極的に憎むとすれば、良い連中ですか、悪い連中ですか。悪い連中です。
 それで、「私」を憎む人も好きになろうというのです。「私」の憎む人を「私」が好きになれば、その人も好むのです。「私」を憎む人に「私」が3回以上良く接してあげれば、彼は頭を下げるようになるのです。3回だけ良くしてあげれば、頭を下げます。そうか、そうでないか、一度やってみてください。人には良心があって、自分が誤ったのか良くやったのか、分かるのです。
 「真」ということは、イギリスに行っても真であり、ドイツに行っても真であり、アメリカに行っても真であり、韓国に来ても真であり、アフリカに行っても真であり、日本に行っても真になるべきなのです。ですから真には怨讐がないのです。真は、好きでない人がいないのです。一方では好きで、他の一方で嫌うのは、完全な真になれないのです。

-天聖経より-

あわせてお読みください