恨みを越え和合へ

今日は近藤先生のみ言葉を先に見ました。先日行われた祈願礼式のみ言葉です。近藤先生には毎月祈願礼式に来ていただいていますが、いつも霊界の話を分かり易く説明してくださいます。月末の書写奉納礼拝でも2か月に一度は近藤先生に説教をお願いしていますが、今月は来ていただくことができなかったのでビデオを視聴しました。
 
聖書に“求める者に与えられる”とあります。いくら恩恵の大きな祈願書でも、書かなければ意味がありません。毎月精誠を込めて祈願書を書いて奉納するならば、大きな役事があると思います。祈願書を通して守られ、導かれる内容が大きいと思います。
月に1枚は頑張って書きましょう。余裕がないとか外的な事情で書かないというのではなく、私たちに書かなければならない事情があるから書くのです。私たちが捧げている感謝献金も同じです。お金があるから捧げるのではありません。何を大切にするかという問題です。信仰とは、願いを立てるという事でもあるのです。
 
今日の説教は「恨みを越え和合へ」です。5月は家庭に関する記念日が多いです。本来、家族の姿ほど美しいものはないのです。子供が成長していく姿を見ればどれほど美しいでしょうか?「家和して万事成る」と言われます。お父様も家庭の大切さを強調されます。天運が共にある家庭になるのです。
そして、和するためには恨みを清算しなければなりません。人生の中で生じる恨みは私が抱いているように思えますが、家系的な問題が原因で起こることが多いのです。
家系を代表してアベル的な基準を立ててきた人もいます。神様にイサク献祭するような立場に立つ人もいますが、それも家系的な問題を断ち切る為です。それで皆が守られるのです。それがアベルとして立つ人の使命でもあります。一人の人の条件で多くの人が守られるのです。
私たちも中心人物です。神様の召命に応えたことで氏族が守られたことが多いのです。自分個人を見ても、献身の基準を立てることで守られたことが多いのです。家系的なことを理解すればするほど、そのように思うのです。家系的な問題を越えたから運勢が変わるのです。
 
真の父母様の世界的な摂理に必死についていく中で、我知らず超えてきた内容が多いのです。躓いたり転んだり、病気で死にかかっているような時も、み旨を歩んでいる間にいつの間にか問題を越えているのです。奇跡的に守られたという事をたくさん実感します。
私たちは真の父母様に出会い、生かされています。真の父母様に出会い、祝福を受けて自分が変わることで、生かされてきたのです。祝福は本当に恵みですが、私たちを祝福するために真の父母様はどれほど苦労が多かったでしょうか?あまりにも蕩減が多い私たちを、美しい祝福家庭にするために苦労されたのが真の父母様です。しかし、そのような姿は微塵も見せないで私たちを愛してくださっています。
皆様はなぜ感謝できないのか考えたことがありますか?心が疲れているからです。心がなぜ感謝と喜びに満たされないのか?恨みがあるからです。夫に対して、妻に対して、親に対して、兄弟姉妹に対して絶対許せないというのでは和合できません。
夫婦が一つにならない家庭に運勢は来ないのです。兄弟が和合しない家庭に運勢は来ないのです。恨みに固まってしまえば運勢は来ないのです。そして恨みの主人がサタンです。和合、愛の主人は神様です。もし私たちの心に絶対に赦せないという心があれば和合できません。相手を責める心が強ければ和合できるはずがないのです。
私たちに堕落性、自己中心性があれば、うまくいくはずがありません。赦せないという心が問題です。感謝の心を持つようにするのです。感謝の心を持てば和合し一つになれるのです。
真の父母様は全てを真の愛で超えたのです。私たちも真の父母様の代身として歩むのです。真の父母様に感謝して、真の父母様を迎えたいという心で歩むのです。そして霊界の応援がなければできない内容だからこそ祈願書を書くのです。
 
夫は妻の為に、妻は夫の為に生きるべきなのに、現実はそのようになれないのです。真の父母様に心情的に感謝して、私が中心人物だという自覚を持たなければなりません。絶対に赦せないという内容を悔い改めていくのです。絶対に赦せない人を愛する心を御父母様から学ぶのです。
相手の事を書きなさいと言われても最初は中々出てこないかもしれません。しかし、よく相手を見ていると一つ二つと出てきます。そのようにしてお互いの事を祈るのです。一つになるという原理の内容に挑戦しないといけないのです。一つになるというのは簡単ではありません。一番難しいことかもしれません。
しかし、氏族メシアとして、人を愛する戦いに勝利しなければなりません。私たちの心情の根源は真の父母様です。真の父母様の私たちへの愛が力になるのです。そして“求めよ”です。「必ずやります」という心を持って、目標を立てるのです。漠然といつかやるというのはダメなのです。先祖の故に生まれた私たちですから、今この時に生まれた恵みに感謝して先祖の問題も超えていくのです。
私はなぜ感謝できないのか?愛せないのか?恨みの心に閉じこもっているからです。そのような心を越えていくのです。今日は書写奉納還元祈願礼式です。感謝して、人を生かしていける、真の愛を相続していく私たちになっていきましょう!


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