天の倉庫に積むべし

み言葉を中心として天の愛と恵みが共にあることを願います。
今の季節は天一国の花であるバラの花がとても美しいです。最近のバラはとても色がきれいで、赤や黄色はもとより、黒いバラも作れる時代にもなりました。考えられないような技術が発達しています。そのようなニュースを見るたびに天国が近づいたと感じます。
数十年前までは想像の世界であったのものが現実になっています。若い人が当たり前のように使っている携帯電話も20年くらい前までは、お金持ちか仕事で必要な人しか持っていませんでした。今ではサイズも小さくなり、電話というよりパソコンのようです。
天国のような、夢のような世界が目の前にあり、まさに「天国は近づいた」というみ言葉が現実化したようです。もう少し経てば免許がなくても運転できる時代が来るかもしれません。誰もが平和に安全に生きられる時代が目の前に訪れようとしています。
囲碁の世界でも、トッププロが人工知能に負け、日本でも将棋のプロが人工知能に負けてしまいました。少し前まではチェスや囲碁、将棋は人工知能には無理だと言われていたのです。今、北韓のミサイルやICBMで世界が悩んでいますが、アメリカでは弾道ミサイルを打ち落とす実験に成功しています。
 
しかし、どんなに技術が発展しても難しいことがあります。それを解決するためには、世界が共に生きる和合平和の時代にならなければなりません。力で押さえつけても安定しないのです。
中東の問題も超宗教的な観点でお互いを認め合うしかないのです。アベルUN,超宗教、真の父母様の唱えた内容以外に解決の方法がないのです。宗教はお父様が言われるように、本来、世界平和のためにあるのです。人々の心の闇を打ち払い、幸せになる為にあるのです。その原点に戻らない限り、平和は来ないのです。お父様はその内容を自叙伝に記しています。
今は十字軍の時代に逆戻りしたような世界になっています。イエス様は「恩讐を愛せ」と言われたのです。自分を犠牲にしても敵を赦すのが本来のキリスト教の教えです。しかし、キリスト教が権力を持つ中で変質し、起こった内容が十字軍戦争と言えます。
私たちは受験勉強で世界史を勉強しましたが、復帰原理の勉強をしてみると歴史の背後に神様がいることが良く分かります。歴史は再臨主を迎えて平和に、幸せに暮らせるようにするための神様の摂理であることが分かります。
 
宗教は死んでから天国に行くためではなく、再臨主を迎えて地上に天国を築くためにあるのです。家庭連合は天国を作る教会であり、そのために与えてくださったのが祝福です。家庭天国がなければ幸せはないのです。
私たちは本当に家庭天国を築いていこうとしているのでしょうか?もし仕方なくしようと思っているのであれば希望がりません。希望のないところには幸せもありません。夫婦が一つにならなければ家庭天国はありません。しかし夫婦が一つになるのも簡単ではありません。一番難しい内容でもあります。
とにかく関心を持てるように努力するのです。お互いに相対基準を結ぶためには関心を持たなければなりません。アダムとエバは神様から夫婦になるように創造されましたが、夫婦になる前に一人の男として、女として認め合うことが必要でした。しかしそのようになれなかったのです。
生きてきた家庭も国も違う人々が結婚すれば、問題が生活に出てくるようになります。和合していくためには、まずお互いの違いを知り、認め合い、そして同じ世界を目指していくことを確認していくのです。お父様の唱えた原理はどれほど素晴らしいでしょうか?原理を頭で理解するのではなく、生活で実践しなければなりません。授受作用は相対基準によって与え、与えられる関係です。
 
今は家庭連合の時代です。素晴らしい時代が来ているのです。それをみんなで分かち合える直前まで来ているのに、恨みに固まっている寂しい家庭や国家、宗教になってはいけないのです。真の父母様の思想を中心として恨みを越えて認め合える、発展していける世界になっていかないといけないのです。
今はグローバル時代に逆行する内容も多いのです。先日、パリ協定からアメリカが脱退しましたが、お父様は生きておられた時に自然環境の保護に熱心でした。お母様も同様です。私たちも関心を持たないといけません。
 
私たちが真の父母様によって祝福を受けた恩を返す道は伝道です。神氏族メシヤになることです。イエス様は「主なる神を愛せ、隣人を愛せ」と言われましたが、原理的に見ればこれは信仰基台と実体基台です。信仰基台と実体基台はメシヤを迎える為の基台です。そして実体基台にあるように堕落性を脱ぐためにはカインを愛する以外にないのです。
孝情の心で真の父母様を愛していくのです。私たちが勝利していくためには、このような道を行くのです。伝道しなければなりません。伝道によって神様と真の父母様の心情を体恤できるのです。伝道は神氏族メシヤの道、救国救世の道でもあるのです。赦し愛することを忘れてはなりません。まず相手の事を祈るのです。お互いに祈るところから赦し愛することができるようになるのです。
私たちが信仰基台、実体基台をもってお互いを愛し、家族、氏族を愛する道を行くのです。私たちが一生懸命に愛する努力をするのが天の願いであり、天国を築いていく道なのです。この道に出会えたことを感謝しなければなりません。私たちは御父母様の心情と摂理と一つになって歩んでいきましょう!

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