2015.7.26 訓読のみ言葉

天一国経典 平和経(P496)
第三篇 宗教と理想世界

15. 生死に対する理解

霊界は真の愛を中心としてために生きる所

霊界に行けば霊界は膨大ですが、三段階になっています。誰が一番高いところに上がるかというと、より人のために人生を生きた人です。しかし、自分のために生きてきた人は反対の位置に立つようになります。自分のために生きた人はみな反対し、人のために生きた人はみな歓迎します。霊界に行けば、自分の親や妻も関係ありません。高いところに行く人はみな、人のために生きた人です。
世界のあらゆる国を回りながら、自分の母と家庭に対する愛を拡大したような心情をもってために生き、世界の人々をみな悪から救おうとする聖人の心をもった人々が、高い所に行くのです。自分のために生きた人は地獄に行くのであり、人のために生きた人は天国に行くのです。この二つの世界が死において分かれます。
ですから、全体のために生き、より大きなもののために生きなさい、というのです。世界のために生き、神様のために生き、人類の角早放のために生きなさい、というのです。これからは、互いにために生きようとする競争が始まるでしょう。
天の国では、ために生きる人が高い位置に行くので、その高い人のために私が生きれば、その人に乗ってジャンプできるのです。その人のために生きるのは、神様が創造して相対を造ったのと同じなので、その人の愛の対象圏に立とうということです。
人のために100パーセント生きる人に対しては、「私を踏み越えていってください!」 と言うのです。どんなにアメリカという国が大きくても、アメリカの大統領よりもその国の国民のために生きる人がいれば、その人が大統領を踏み越えていっても、みな歓迎するのです。しかし、自分の利益だけを得ようとするときは、みな怨讐になります。
霊界でも同じです。より大きなことのために生きようとするときは、自然に通過します。より大きなことのために生きるようになれば、自然に通じるのです。

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