2015.1.18 訓読のみことば

天一国経典 天聖経(P1192~1193)
第11篇 礼拝と名節  第2節 献金生活
3  十分の一献金は、「私」が所有している物の中から十分の一を神様に捧げることにより、全体を捧げるという意味があります。父に全体を捧げるのではなく、その中から精誠を尽くして十分の一を捧げるというのは、そのような意味で価値があるのです。そのように十分の一を捧げることにより、残りの十分の九も聖なる物として取り扱われるようになります。このように十分の一献金を捧げながら暮らす人は、絶対に滅びません。日がたてばたつほど、その人の「天の倉庫」があふれるようになっているのです。
5 精誠を尽くして十分の一献金をすれば、絶対に飢え死にしません。その子孫が、物質に関して窮乏に遭わないのが原則です。十分の一献金を捧げるために精誠を尽くさなければなりません。それが信仰の本質です。適当にするのは通じません。祭物は、自分の生命の代わりに捧げるのです。ですから、最も貴いものを捧げなければなりません。地上人にとって一番貴いものは生命です。ですから、「私」の生命を捧げるのです。これが、蕩減復帰の祭物を通して罪を洗い清めることなのです。

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